ハイブリッド専用モデルで成功ねらう
その年の自動車業界の流れを占う意味で重要とされ、毎年1月に米ミシガン州デトロイト市で開催される「北米国際自動車ショー」で今年、2台の日本製ハイブリッドカーがデビューを飾った。ホンダの新型「インサイト」とトヨタ自動車「プリウス」のニューモデルだ。
「インサイト」とは、ホンダが1999年に初めて発売したハイブリッドカーに冠されていた名称で、2006年に生産中止になって以来、使われていなかったもの。今回の新たなハイブリッド専用モデルの発売に合わせて車名を復活させた。
初代「インサイト」は、2人乗り専用設計のボディーで、空気抵抗を示すCd値は0.25と現行型のプリウスをしのぐものであり、35km/Lの10・15 モード燃費を誇った。これは当時の市販車で最も優れた燃費であったが、2人乗り専用モデルということもあり、大きな販売実績を残すことはできなかった。そ の後、ホンダのハイブリッドカーの主役は、4ドアセダンの「シビック ハイブリッド」が担うこととなった。
今回のニューモデルに「インサイト」の名前を復活させたのは、この車がハイブリッド専用モデルであることをアピールするためだろう。「シビック ハイブ リッド」に限らず、これまで専用のモデルでないハイブリッドカーは大きな成功を収めていない。年間10万台程度の国内ハイブリッド市場のシェアは95%を トヨタ車が占めるが、そのうちの7割以上が「プリウス」によるもの。「ハイブリッド」がエコカーの代名詞となった現在、ユーザーはハイブリッドカーに乗っ ていることを、よりアピールできるハイブリッド専用モデルを求めているというのがホンダの分析だ。普及めざして6馬力を捨てる
ここ数年、ホンダではハイブリッド専用モデルの開発を急いできた。2006年には福井威夫社長によって、 2009年に新たなハイブリッド専用車をリーズナブルな価格で発売することが明らかにされた。当時の状況について「インサイト」開発責任者の関康成氏は、 「2階に上げられてハシゴを外された」と表現する。社会に対して社長が宣言したものの、実際にはまだクレイモデルが出来上がっただけだったという。しか も、「200万円を切る価格」と「世界で年間20万台売れるモデル」という条件まで設定されていたという。
コストのかかるハイブリッド・システムを搭載しながら200万円を切る価格を実現するため、新型「インサイト」では数多くのパーツを他のモデルから流用し ている。シャシーやサスペンションなどの多くは、同社の世界的ヒット車種である「フィット」のものを流用。全体で36%のパーツが他車種からの流用だとい う。タイヤも燃費向上に有利なエコタイヤではなく、「フィット」と同じものを使用している。こうした方法によって「インサイト」の価格は、いちばん低いグ レードで189万円と、200万円どころか190万円を下回る低価格を実現している。
「ハイブリッドカーは、環境志向の強い一部の人たちばかりでなく、少しでも安いものを調べて買いに行くような普通の人たちに使ってもらわなければ意味がない」と関氏が述べるように、ハイブリッドカーも普及が進まなければ運輸部門全体でのCO2削減には大きく貢献できない。新型「インサイト」の登場で、これまでプレミアムな存在だったハイブリッドカーが誰もが乗れる普通の車へと、普及に向けて舵が切られたといえよう。
車体では他車種からのパーツを流用してコストを抑える一方、ハイブリッドの要といえる「IMA(インテグレーテッド・モーター・アシスト)」には新設計の 薄型ブラシレスモーターを採用した。組み合わされる1.3リットルで回転数に合わせてバルブのリフト量を可変するI-VTECエンジンについても、「シ ビック ハイブリッド」では「3ステージVTEC」だったものを「インサイト」では「2ステージVTEC」に改めている。これは、高回転域でパワーを稼ぐ ためのステージを廃止したもの。これによって最高出力は「シビック ハイブリッド」の69kW(94PS)から65kW(88PS)にダウンしているが、 関氏は「高回転域の6馬力は捨てた」と言い切る。スペック上の最高出力よりも手ごろな価格と低燃費を重視した結果だ。システムにはメーカーの思想が色濃く反映
ホンダのハイブリッド・システムは「パラレル方式」と呼ばれるもので、エンジンを主動力に、必要に応じて モーターがアシストするもの。エンジンの回転を滑らかにするフライホイールの代わりにモーターを搭載し、低回転域でトルク値が低い内燃機関の弱点を、回転 を始めた瞬間から最大トルクが発揮できるモーターによって補う。ブレーキング中は、このモーターが発電機として機能し、捨てていたエネルギーを電力として 回収(回生)するシステムだ。
システム自体をコンパクトにできることと、エンジンが主 役のため走りの楽しさを両立できるのが、このシステムのメリット。逆に、エンジンを使わずモーターだけで走るいわゆる「EV走行」には不向きで、初代「イ ンサイト」や初代「シビック ハイブリッド」ではEV走行はできなかった。
しかし、現 行型の「シビック ハイブリッド」では、40km/h程度の低速走行時にはエンジンを停止させ、モーターのみによる走行を可能にしている。エンジン停止時 には各気筒の吸排気バルブも閉じられ、吸排気の流路抵抗などによる損失=ポンピングロスを大幅に低減する。このエンジン停止は、ブレーキによるエネルギー 回生時にも行われ、より多くのエネルギーを発電に用いることができる。
この仕組みは新 型「インサイト」にも採用されているが、EV走行時も、エンジン自体のフリクションロスはゼロにならないため、低速走行に向いたシステムではない。後述す るプリウスの「シリーズ・パラレル方式」では、スタート・ストップの多い市街地などではEV走行を多用することで燃費を節約できる。したがって、そのよう な状況では「パラレル方式」は不利に働く。
10・15モードの燃費を比較すると「プリ ウス」は現行型でも35.5km/Lで、新型では38~39 km/Lに達するとみられている。対する新型「インサイト」は30 km/Lだ。ただし、エンジンのみでの走行となる高速域では、複雑なシステムを持たず、電気的なロスの少ない「シビック ハイブリッド」が「プリウス」と 同等程度の燃費を示すこともあるという。「インサイト」が背負った使命
新型「インサイト」には、スイッチを押すだけで制御システムを燃費優先に切り替える「ECONモード」が搭 載されている。これはアイドリングストップする領域の拡大やエアコンの省エネ運転、ラフなアクセル操作に対してスロットルの応答を制御するなどの制御を行 うもの。ドライバーにエコドライブを意識させるための機能も搭載しており、「コーチング機能」では低燃費に貢献する運転をしている場合はメーターがグリー ンに光り、逆に急加速や急減速を行うとブルーに光るなど、視覚的にドライバーへ働きかける。また「ティーチング機能」では、運転終了後にエコ運転度をリー フ(葉)マークの数で評価し、その積み重ねによってリーフが育っていくという形で生涯成績も表示される。
また、ボディーのスタイルは5ドアのハッチバックとされ、初代「インサイト」が2シーターのクーペ、「シビック ハイブリッド」が4ドアセダンだったのに 比べると、トヨタの「プリウス」に似ていると評されることも多いが、これは空力性能を追求すると自然とこのスタイルにならざるを得ない。空力性能を示す Cd値は0.28だ。だが、実車を目にすれば、現行型の「プリウス」と比べて一回りコンパクトで、さらなるサイズアップを果たした新型「プリウス」とは、 クラスが異なるということが実感できる。
スペックに「世界最高」や「クラストップ」と いった、うたい文句こそないが、新型「インサイト」はハイブリッドカーを身近にし、普及の拡大という新たなステージの扉を開ける可能性を持っている。2月 6日から国内販売が開始されたが、2月16日の時点ですでに1万台もの受注を集めた。これは、ホンダが月間目標台数として掲げていた5千台の2倍にあた る。このことからも「インサイト」の注目度の高さがうかがえる。「シリーズ・パラレル方式」にこだわる「プリウス」
手ごろな価格でハイブリッドカーを広く普及させることを重視した「インサイト」に対して、多くの最新技術を投入することでハイブリッドカーのプレミアムな価値を高める方向に力を入れているのがトヨタの新型「プリウス」だ。
1997年に初期型がデビューした「プリウス」は、以来、ハイブリッドカーの代名詞的な存在となった。2003年にフルモデルチェンジを行い、2008年 5月には世界累計販売台数100万台を達成、同年の12月末には120万台に達するなど、ハイブリッドカー市場を牽引してきたトップランナーだ。
「プリウス」に搭載されているハイブリッド・システムは、初期型から一貫して「シリーズ・パラレル方式」となっている。これは前述の「パラレル方式」と、エンジンを発電のみに使用しモーターでタイヤを駆動する「シリーズ方式」の両方の特徴を持つものだ。
「プリウス」のハイブリッド・システムでは、エンジンの駆動力を動力分割機構で適切に配分し、一方の動力でタイヤを駆動し、もう一方を発電に使用する。そ の割合を走行状況に応じて制御できるのが特徴で、タイヤが駆動力をあまり必要としない時にはエンジンの出力を発電に使ってバッテリーを充電。バッテリーが 十分に充電されている場合には、エンジンを止めてEV走行を行う。搭載されるバッテリーの容量にもよるが、「パラレル方式」に比べるとEV走行できるシー ンが増えるため、走行速度が低くスタート・ストップが多い市街地などで燃費の向上が図れる。
この「シリーズ・パラレル方式」は動力を分割して使用するため「スプリット方式」、あるいは発電用と駆動用の2つのモーターを搭載することから「2モー ターハイブリッド」、また、エンジンとモーター双方の出力を使えるために「ストロングハイブリッド」と呼ばれることもある。デメリットとしては、2つの モーターと動力分割機構を搭載するため、システムが複雑になることが挙げられる。また、トヨタとその関連会社で多くの特許を押さえているため、他メーカー が簡単に採用することができないシステムでもある。スペック向上で製品価値を高める
3代目となる新型「プリウス」では、エンジンの排気量が現行モデルの1.5リットルから1.8リットルに拡 大された。これは、エンジンのみでの走行となる高速域で、エンジンの回転数を下げて実用燃費を向上させることが最大の狙いだ。特に高速での移動が多い欧米 などで効果が高い。グローバルモデルであるだけに、国内の10・15モード燃費ばかりでなく、実用時の燃費向上にも力を入れている。
排気量の拡大にともない、エンジンの最高出力は現行モデルの57kW(77PS)から73kW(98PS)にアップ。モーターの出力も 50kW(68PS)から60kW(80PS)に向上しており、システム全体での出力は81kW(110PS)から100kW(134PS)と大幅に高め られている。ボディーサイズも全高で14mm、全幅で20mm大きくなっているが、空力性能をさらに追求しCd値は現行モデルの0.26を上回る0.25 を実現した。スペック値の向上が目立つことから、「インサイト」との開発コンセプトの違いが感じられる。
また、ルーフにソーラーパネルを装備し、太陽光による発電で室内の換気を行う「ソーラーベンチレーションシステム」もオプションとして用意され、スマート キーを使って社外からエアコンのスイッチを入れられる機能も搭載する。また、内装材には植物由来のバイオプラスチックを採用するなど、まさに環境技術の見 本市のような仕上がりとなっている。
国内での発売時期は今年の5月とされ、価格は 250~300万円と予想される。「インサイト」に比べると、50万円以上高額となりサイズやスペック、そしてコンセプトから考えても、両者が直接のライ バルになるとは考えにくい。むしろ相乗効果によって、ともに販売台数を伸ばす可能性が高い。新型「プリウス」発売後も、しばらくは現行モデルを併売すると の報道もあるが、本当ならば「インサイト」の直接のライバルは、現行「プリウス」ということになるのかもしれない。
さらにトヨタでは新型「プリウス」をベースに、リチウムイオン電池を搭載し、家庭用電源からも充電可能なプラグイン・ハイブリッド車を2009年中には発売する予定。電気だけでの走行距離が大幅に伸び、CO2削減にも大きく貢献することが期待される。米メーカーも本格始動か?
今年の「北米国際自動車ショー」では、米国のメーカーもハイブリッドカーのコンセプトモデルを出展した。そ のうちの1台がゼネラル・モーターズ(GM)の「シボレー ボルト」。これは「シリーズ方式」と呼ばれるハイブリッド・システムを搭載しており、「レンジ エクステンダー(航続距離延長装置)EV」と呼ばれている。その名のとおり、基本的な構造は電気自動車(EV)であり、バッテリー容量が少なくなるとエン ジンを回して発電を行う仕組みだ。
このシステムのメリットは、基本構造はEVで、エンジンは発電機を回すためだけに使用するためトランスミッションが要らず、重量物の一つを削ることができる。また、エンジンが最も効率の良い回転数で回し続けることができる。
「グリーン・ニューディール」政策を掲げるオバマ大統領のもとで、米国は今後、次世代自動車の開発やインフラ整備に力を入れてくることが予想されるが、本 格的なEV時代が始まった場合、基本構造がEVで、発電用エンジンをプラスすることで航続距離を延長する「シリーズ方式」がハイブリッドカーのスタンダー ドとなる可能性もある。「シリーズ・パラレル方式」のように、複雑な制御を必要としないのも後発メーカーにとっては有利に働くだろう。
日本国内でも、水素ロータリーエンジンを搭載したマツダの「プレマシーハイドロジェンREハイブリッド」が「シリーズ方式」のハイブリッド・システムを 採用しており、この春にもリース販売が見込まれている。ますます多様化し、普及拡大が進むハイブリッドカー市場から今年も目が離せない。
ソース: ECOマネジメント
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